2018年10月18日木曜日

雨女が行く、トロリーバス・ラストイヤー!



「STOP!リニア」「リニア絶対反対!」と叫びながら、ごめんなさい。
今回は、立山黒部アルペンルートの「トロリーバス」についてもちらり。
そう、電気で走るトロリーバスです。

1928年(昭和3年)に新花屋敷で開業したのを皮切りに、
戦前は京都や名古屋、戦後は東京や大阪などで公営営業。
全国あちこちでちょっとしたブームでした。
高度経済成長期を過ぎ、自動車増加で道路渋滞問題や地下鉄が整備されたりと、
都市部では横浜を最後に姿を消しました。
が、今も元気に走っているトロリーバスが、ここに!




「立山黒部アルペンルート」の一部「関電トンネル」と「立山トンネル」で運行中。
ガソリンではなく電気で走るので、排気ガスがトンネル内に充満することなく
自然にやさしいという売り文句。
トンネルを掘るときにどれだけの自然を破壊したんだ!と、突っ込みたくなります。
が、この視点にもごめんなさい!たくさんの矛盾の中で生きるわたくし……。
この先にあるお山へ行かねばならぬゆえ、今回2度目の利用となりました。

そこで知ったのが、
「関電トンネル」のトロリーバスが、今季11月30日を最後に引退するという事実。
来春からは電気バスが走ることになるという。
ラストイヤーということで盛り上がり中で、顔ハメならぬ「バスはめ」?場所があり、
思わず記念撮影を撮ってしまいました。ああ〜、恥ずかしい。ごめんなさい!




「立山黒部アルペンルート」は、長野県方面から上がると、扇沢を起点に4つの乗り物に乗ります。トロリーバス→ケーブル→ロープーウエイ→もう一つのトロリーバス。雨女のわたくし、大パノラマが楽しめるロープーウエイは大雨で視界なしでした。







乗り物も楽しめるけれど、宿泊する室堂は、実は温泉も楽しめる。前回宿泊してとても良かった山荘「雷鳥荘」に今回もお世話になる。
温泉も食事も、標高2500メートルのお山の上とは思えないほど、いや〜本当に立派です。

こちらにもインスタ用顔ハメがありまして。
顔はハメず、雨の中の取材メモをハメました。
メモの中身は、雨の中登ったお山で遭遇したライチョウの親子9羽のスケッチです。
雷鳥荘に泊まると、必ずライチョウに出会える!? (前回はクマに遭遇でしたが) 


「雷鳥荘」のくつろぎ感満載のラウンジ。
お山の本がたくさんあり、日本酒「立山」を飲みながらまったり過ごせます。

翌日も悪天候。風雨激しく、目的のお山を断念。
「山はいつでもここに。逃げないからね〜」と登山道で出会ったおじさんと苦笑い。
早々に「雷鳥荘」から徒歩10分の場所にある「みくりが池温泉」の湯船にザボ〜ン。



そして、風呂から出て、もう帰路につかねばという頃に、ようやく雨が止み、晴れ間が。
雨女の人生とは、そんなもんです。

扇沢へ戻る道中は、「大」ならぬ「やや」パノラマを楽しめました。

下の写真は、女々しく振り返って眺めているところ。
そして、帰る方向を眺めると、黒部ダムがキラキラ。






下界はすっかりいい天気。雨女、なかなか卒業できませぬ。
関電トンネルのトロリーバスの運行は11月30日まで。
そろそろ紅葉の大パノラマが期待できそう。

(teamまめ:雨女代表 松井一恵)


2018年10月2日火曜日

有綱が身を潜めていた洞窟!? 源三窟へいざ

那須塩原の温泉街にほど近い場所にある鍾乳洞、源三窟
ここは、今から約800年前、源義経の腹心の家来であった、源有綱が身を隠していたと
される隠れ岩屋なのだといいます。

源平合戦の壇ノ浦での戦いで勝利を収めた義経は、兄の頼朝から謀反の疑いをかけられて逃げていました。そのとき家来であった有綱が逃げ込んだのが、この鍾乳洞だというのです。

ちょっと険しい階段を昇っていくと、洞窟の入り口が見えてきます。
有綱と義経の関係を記した家系図です。こんな山奥にまで逃げ込んできたとは! 驚きです。
高台にある洞窟入り口から眺められる、山の景色もなかなか。   

入口には、洞窟の看板ネコ、茶々姫がいました♬ なんでも機嫌がよい時は、自ら先頭を切って洞窟内に入っていき、案内をしてくれるのだそう。看板ネコとして、テレビにも出たことがあるそうです。ネコ好きの我が家はこぞって茶々にカメラを向けたのですが、機嫌を損ねてしまったのでしょうか⤵
この日は案内してもらうことはできませんでした。残念。
長さは40mほどと、そう大きくありませんが、一歩入れば、やはり鍾乳洞。探検気分にしてくれます。入ってすぐには一休さん?風の小僧さんが、お出迎え。こういうキッチュな雰囲気もたまりません。
さて、この洞窟に隠れていた有綱は、密かに再び立ち上がる機会をうかがっていたといいますが、洞窟から流れ出た米のとぎ汁で居場所を発見され、自害したといいます。なんとも切ない話です。
洞窟内では、人形にて落人の生活ぶりが紹介されていたり、
この鍾乳洞が出来上がる過程を紹介しています。まだ暑い7月末に訪れたのですが、洞窟内は年中15~16℃くらい。ひんやりとして心地よいです。

我が家の坊主も、ちょっとしたインディ・ジョーンズ気分を味わっていました♪ 照明もついていて暗すぎず、長すぎず、小さな子どもと一緒でもOKな雰囲気。あっという間に探検終了~。本格的な洞窟マニアには少々物足りないかもしれませんが、歴史好きの人にも楽しめる、おすすめのスポットでした。



                       (teamまめ/前田真紀)

2018年9月19日水曜日

織田軍と武田軍がガチで戦った『長篠の合戦』。その現場を目撃せよ!

ブブーンと新東名を駆けて、静岡から愛知県へ入ると、まもなく『長篠設楽原(ながしの したらがはら)』パーキングエリアだ。
いぶし銀な佇まいだが、歴史ファンならば一度は愛車から降り、休息をしたいPAだ。



見よ! この甲冑を。
なんといってもここは、長篠の合戦の舞台。
下り(名古屋方面)は織田・徳川軍の陣地があった場所ゆえ、織田信長公が金屏風の前に座り、撮影用マントをはおれば、一緒に撮影だってできるのだ。

そして館内はさながら、戦国ミュージアム。火縄銃(種子島)が陳列されていたり・・・



長篠の合戦の様子が屏風絵として飾られていたり。


舞台となった長篠城は、徳川家康公の長女亀姫様が嫁いだ、奥平信昌公の城。
甲斐武田軍1万5千の猛攻に、手勢500名で耐え、守り抜いたのだった。
その夫婦像も、訪れる人々を迎え入れてくれている。


腹がへっては戦はできぬ。ということで、いざ、長篠陣屋食堂へ。


戦ばの給仕担当はなかなかに、しゃれておられる。
そして、信長 赤味噌ラーメンやら、家康 鯛天丼やら、武将ゆかりのメニューが目白押しの中、異彩を放つのが、こちら。
どん! 足軽弁当じゃー!


身の丈にあったこの弁当、竹皮で包まれていて、実にいい。


弁当をひもとけば、大きな握り飯が2つ、どど〜ん。
そこに、焼き鳥と唐揚げが! 足軽は体力が必要ですからね!
もう、チカラめしの限りが尽くされていて、感涙。
それに、嬉しい赤味噌の味噌汁。やっぱ、汁物は大事だ。

腹ごしらえしたらば、信長公の陣へ、挨拶に出向くのもいい。
小高い山、その上に本陣があったと言われている。




登れば、小さな祠があり、信長公が詠んだと言われる歌碑もある。
本陣跡を後にすれば、長篠設楽原が見渡せて、あぁ絶景かな、絶景かな。



ちなみに、上りのPAは武田軍の陣地だそうな。

取材=佐藤さゆり(teamまめ)

2018年9月5日水曜日

圧倒的な迫力の石切り場! ふらりと鋸山を登った時の話


みなさん、こんにちは。こんばんは。まめの髙橋でございます。

突然ですが、自分の出身県のこと、どれくらいご存知ですか?

私、生まれも育ちも千葉県松戸市なのですが、江戸川を渡ってしまえばそこは東京都。

実は、松戸や柏に住んでいる人の多くは都心への移動が多く、千葉県の中心部やその先の外房、内房あたりまでは、用がないと行かないものなのです。

例に漏れず、高橋もそのひとり。千葉県のことを実はそれほど知らず、ふと、「それはいかがなものだろう?」と、気持ち悪くなってしまい、えいやと突発的にでかけてみたわけです。





今回出かけたのは「鋸山」。千葉県の南部にある標高329.4mの小さな山です。

とりいそぎ、こちらの写真をごらんください。ドン!



山頂近くの崖部分。通称「地獄のぞき」と呼ばれているスポットです。

鋸山は、山を形成している岩の性質が建築物などの資材に適していて、江戸時代には石材の産地として重宝されたそう。盛んに採石が行われた結果、見事にまっ平らな岸壁となり、遠くから見ると鋸の歯の様に見えるようになったと言われています。


のぞいてみるとこんな感じです。石切り場だったところが見えます。

地獄のぞきは、石切りの職人が洒落を効かせて、敢えて今の形に残しておいたなんて説もあるんですよー。

さらに、次の写真もごらんください。ドン!



さきほどのぞいた場所に降り立ちました。

見事に切り立った岸壁の形状、蔦や苔の緑が木漏れ日に映えて、えもいわれぬ美しさ。たまらん。当時の石工さんに感謝の気持ちがこみ上げます。

グッジョブ! そしてありがとう!

ちなみに、鋸山は通称で、本当の名前は「乾坤山(けんこんざん)」。東京湾に面しており、海を見渡す眺望は素晴らしく、展望台は「地球が丸く見える展望台」と呼ばれることもあるそうです。



この日は地球が丸くとはいかなかったんですけどね。空気が澄んだ冬の方がきれいだと見た! また、寒くなったころに来てみようと思います。



このあたりはトンビがピーヒョロ飛んでいます。リアルに持ち物をかすめ盗られることもあるようなので、気を付けて!


さらに、鋸山のもう一つの見どころと言えば「日本寺大仏」。有名な奈良の大仏の約1.5倍、鎌倉大仏の約2倍の大きさを持つ大仏さまです。

もともとは、奈良時代に大野甚五郎英令(おおのじんごろうひでのり)が弟子27名とともに岩を削って建立したもの。度重なる風化によって半壊状態になっていたものを、昭和44年に復元され、現在の姿に。原型よりも3mほど小さくなったのだとか。

さて、その姿はというと……





まさかの原っぱに鎮座! 柵や囲いはありません。

子供が登ってキャッキャと遊んでいる姿も。なんとも親しみやすい大仏さまですね。



同じく大野甚五郎英令作の「千五百羅漢像」も道沿いに。みんな微笑んでいて可愛らしい。



下山後は、名物()「房総サイダーびわ味」をぷしゅっ。汗だくの体に染みわたります。果汁0%だけど。

山登りとしては初級者向けですが、見どころが多く、日帰り旅にはもってこい。山好き、歴史好きの人には鋸山、おすすめですよ!







帰りに通りかかった木更津港の夕焼けと、市原の工業地帯の夜景をパシャリ。三脚忘れた割には頑張った! ような気がします。 ではでは!

(teamまめ 高橋健太)


2018年8月22日水曜日

これぞヒミツの花園? アートなトイレのある飯給駅

勝手に珍駅を紹介するシリーズ。

以前、木造駅舎にして、北欧ムードがただよう天竜浜名湖鉄道の都田駅を紹介しましたが、今回はこちら。


小湊鉄道の飯給駅です。
難読駅としても度々取り上げられる駅ですが、読み方は「いたぶ」といいます。

小湊鉄道のツートンのカラーリング、
なんとも言えず好きです


春にはサクラや菜の花が咲き乱れ、多くの鉄道ファンが撮影に訪れることでも有名。
しかし、訪れたのは7月。
特に何の花が咲くでもなく、駅の周りは田んぼばかりで、一見なんにもない駅です。

 

そんな駅に変化が起きたのが2012年4月。
ちょうど当時、雑誌の取材でも訪れたのですが、市原市がアートで町おこしを始めたばかりで、建築家の藤本壮介氏が設計した公衆トイレを飯給駅に設置したのでした。

今回は6年ぶりにアートなトイレを再訪問です。



周囲を杉の木でぐるりと囲んだこちらの外観こそが、例のトイレです。
この中に女性用トイレがいくつもあるわけではなく、たったひとつしかありません。
広さ200㎡、周囲約50mもあるそうですでに一度入ったことがあるものの、やはりドキドキは止まりません。

では、いざ!
 
 

 

 

 

 
 木と芝生の緑が広がる景色の奥には、ガラス張りのトイレが!





こんな開放的な空間で用が足すとは、なんたる発想!
恥ずかしがり屋さんには、落ち着いて用が足せるように、ガラスの内側にカーテンもあります。

トイレはまあまあ掃除が行き届いていて、よく見ると一輪の花まで飾られていました。

長女はかなり驚いていましたが、「なにーこれー?ロマンチック~!」と意外な感想を聞くことができました(笑)


ちなみに、男子トイレはどうなってるんだ!? と男性諸君はお思いかと思いますが、
女性トイレの向かい側に同時期に建てられた多目的トイレがあります。



 
 トイレに注目されがちな飯給駅ですが、私は歴史を感じる駅の待合室だったり、駅から見える何気ない風景も好きです。





櫓らしきものが組まれていて、あるかかしの手には、うちわとスイカ。
お祭りをしているところなのか?

 
 特に心をグッとつかまれたのが、この風景。
 

 

駅のホームから上総中野方面を見たところなのですが、トトロが出てきそうな森の中を抜けるトンネル、なかなか雰囲気あると思いませんか?
周りになにもないのも、まさに秘境感があってグッドです。


小湊鉄道は、通常の列車以外にも、窓ガラスのないオープンタイプの「トロッコ里山」も運行しています。
これからの季節、トロッコ列車はおすすめです!


アートなトイレとのどかな自然を体感しに、小湊鉄道に乗って出かけてみませんか?
なかなかロマンチックですよ♪



(teamまめ/香取 麻衣子)