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2021年2月17日水曜日

渋滞の退屈しのぎに歌詞考察ゲームをした話

 


少し前の話だが、友人と車で出かけた帰り道、渋滞にはまった日があった。

 

黄昏時の空の色は胸を打つものがあったが、目の前でちかちか瞬くテールランプがうっとおしく、知らず深いため息がこぼれ出る。

 

そこそこ付き合いが長い僕たちは、互いに話題がなければ数時間会話がなくなることもザラだった。

この時もそうだ。今さら沈黙の時間が流れても、居心地が悪いということはない。

 

 

そんなとき、オーディオからスピッツの「ロビンソン」が流れ、友人はぽつりと「あ、これ」とつぶやいた。

そして、「この曲の歌詞、ちょっと怖いって知ってる?」と、続ける。

 

「白線流しのイメージしかない」と、僕は答えた。

この曲を初めて聴いたのは小学生の頃だ。若かりし日の長瀬智也が出演していたドラマで流れていたことは覚えているが、歌詞の意味なんて考えたこともなかった。

 

友人が言うには、一見するとこの歌詞は、主人公が別れた恋人を思い出しているものに思える。

しかし、捉えようによっては、死別した恋人の後を追おうとする主人公の心情を描いているようにも感じられるらしい。

 

なるほど、よくよく聴いてみると、確かにそうともとれる。

 

「すごいね」とつぶやくと、友人は「ふふん」と得意げな顔をしていた。

「君が発見したわけではないだろうに」と、いう言葉はぐっと飲み込む。

 

依然として、道路はぎゅうぎゅう詰めだ。

遅々として車は進んでいない。



そんなわけだから、退屈しのぎにちょうどいいと、僕たちは「スピッツの歌詞考察ゲーム」を始めることにした。

 

そして、すぐに驚愕することとなる。

歌詞を深読みすると、死を連想する表現が非常に多いのだ。しかも、一曲や二曲ではない。

 

「おい、この曲でも死んでるぞ」

「あ、やっぱり死んじゃった」

 

何曲も考察を続けている中で、いつしか僕たちの頭の中には「スピッツの歌詞では誰かしら死ぬ」という、なんとも不謹慎なイメージがまとわりつくようになった。

もちろん、勝手な思い込みだ。本当の意味は歌詞を書いた本人のみぞ知る。

 

 「もうダメだよ。そろそろウルフルズで中和しないと辛いよ」

  

考察を進めていくにつれ、沈みゆく気持ちに耐え切れなくなった僕の願いは、「意地でも死なないスピッツを探すんだ」と意固地になっている友人にあえなく却下された。

 

渋滞はまだ続いている。

歌詞考察による「死のスパイラル」も、まだ続くのか。

二重の責め苦を受けているような気分になったが、辛い時間は想像していたほど長くは続かなかった。

思いのほか早く、「死なないスピッツ」を見つけられたからだ。

 

曲は「チェリー」。

 

数回リピートしたのち、物語が見えてきた僕は、

「謎は全て解けた。これは主人公も彼女も生きている歌詞だ」

と、友人に告げた。

 

この歌も「彼女が死んだ話」と思っていた友人は、僕の主張に興味を示す。

 

「ほうほう、健太一少年の推理を聞かせてくれたまえ」

「おう、じっちゃんの名にかけて」

 

 

歌詞冒頭の「君を忘れない」の時点で、彼女はすでにここにはいないことがわかっている。

「曲がりくねった道を行く」は、人生を自分の意思で歩けない状況を暗示。

そして、「産まれたての太陽」で、いきなりのブレイクを表現し、「夢を渡る黄色い砂」が、流れるように入ってくるお金を指しているのだろう。

 

「二度と戻れない くすぐり合って転げた日」は、そのまんま。

何もなくても楽しかった過去を回想し、

 

「きっと想像した以上に騒がしい未来が僕を待ってる」と、いうのが、脚光を浴び、今までと比較にならないほど華やかな世界で暮らすことになるという予感。

 

このあと入るサビは、回想だ。

「『愛してる』の響きだけで 強くなれる気がしたよ」で、献身的に支える彼女の姿が見てとれ、

「ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて」は、二人で過ごす時間を何よりも大切に思っていたことを回帰しているように思えた。

 

二番以降は長くなるので、今回は割愛するが、この曲は草野マサムネ本人の体験をもとにしているのではないだろうか。

 

つまり、主人公はバンドマン。彼女は、売れない時代に支えてくれていたが、主人公が不器用に突き放し、今はそばにいない。

そして、今になってその存在の大きさを思い返し、少し胸が痛くなっている。

そういう物語なのではないだろうか。

 

 

僕の考察をすべて聞いた友人は、

「やるじゃん、物書きの意地を見せたね」

と、なぜか上から目線で褒めてきた。


僕はと言えば、 

「よかったよ、死人が出なくて」

と、割と本心で、そう思っていた。

 

そもそも、歌詞が死を暗示しているというのは僕たちの勝手な思い込みなので失礼な話だ。考察だって、合っているかどうかなんて疑わしい。

だが、自分なりの答えを導き出したことで、僕は妙な充足感を覚えていたことも事実だ。

 

 「じゃあ、ウルフルズ聴こうか。ポジティブな気持ちになりたい」

僕の切なる願いは、今度こそ受け入れられた。

どうやら、「死なないスピッツ」を見つけることができて、満足してくれたらしい。


……が、「次は『ウルフルズにネガティブな曲ひとつもない説』を立証しよう」

と、新たなゲームを提案してきた。

 

「いったい、何曲聴くつもりなんだ」

僕は、ため息まじりに答える。

 

徐々に道が空き、車の列が流れ始めた。

ウルフルズの曲をすべて検証するには、きっと時間が足りない。

 

(teamまめ 高橋健太)

 

2020年11月10日火曜日

埼玉県飯能市で見つけた、ストーンヘンジならぬ「ストーンヘッジ」!

 まず、この地図をご覧になっていただきたい。


埼玉県飯能市の入間川の川べりに、ストーンヘッジの文字が。
頭に浮かぶは、英国の神秘スポット、ストーンヘンジだ。
が、こちらはヘッジ。ん?

まずは、地図が指し示す場所へ。
樹木の隙間にこんもりとした丘があり、それらしきものが……。


そして、しかと書かれている『ストーンヘッジ』の文字。
こ、こ、これはどことなく、ナウマン像の牙に見えないか?
もしや、古代から連綿と続く、ミステリースポットだったのだろうか!

ふと見渡すと、森のすきまに……。ステゴザウルスの背が!


アンモナイトもいるっ!

むむ、象が枯葉に埋もれているではないかっ!


ここは、埼玉県飯能市の入間川べり。
阿須運動公園とともに整備された、古代広場だ。
誰がなんのために、古代の遺跡や生物を呼び寄せたかは不明だが、のどかな風景に突如、現る数々の姿を前に、一瞬、タイムスリップした心地に。
そして、川べりまで出れば、これまた古代から変わらぬ、真っ赤に燃え上がる空。
ここは、悠久の時の流れを感じられる場所だ。



(teamまめ/佐藤さゆり)

2019年9月25日水曜日

夏の思い出、長岡の花火を観に行った話


みなさま、こんにちは。こんばんは。

少し前の話になりますが、友人とともに新潟へ遊びに行きました。

目的は日本三大花火のひとつ、「長岡花火」。毎年8月2日と3日に行われるこの花火大会は、今年はちょうど金・土の開催。高橋は3日の土曜日に行ってきたのですが、とにかく人が多い! 長岡駅を降りた瞬間から会場となる信濃川までの道のりには、花火を楽しみにして来た人々で埋め尽くされていました。


花火大会は信濃川の両岸に観覧席が作られていて、北に大手大橋、南に長生橋の2本の橋に挟まれている区画で打ち上げられます。で、この橋は時間になると通行止めとなり、橋全体を使ってナイアガラ花火が披露され、花火大会がスタートするわけです。まず、この始まりからして半端ではない。




まさに、河川敷の全体を使って打ち上げられる花火は、二日間で合計約20000発。特に「復興祈願花火フェニックス」は空を埋め尽くさんばかりの花火が打ち上げられ圧巻の一言。



長岡出身の友人は、「今年は煙が多くて惜しかった」とか、「右岸(長岡駅側)だともっと迫力あるんだよー」とか言っておりましたが、初めて長岡花火を目撃した高橋は、今までの人生では見たことがないような大きさの花火と、腹に響くような爆発音にただただ感動の嵐。密かにホロリとしていたことは、ナイショの話です。


古くは明治に始まった長岡の花火は、戦争によって中止を余儀なくされますが、終戦後の1947年に復活。空襲によって荒廃した長岡の街と犠牲となった人々への慰霊の意味もこめられた、とても大事な行事なんですね。


そうした歴史もあり、長岡の人々の花火大会にかける意気込みを、まざまざと感じる一夜でした。まだ観たことない人には、ぜひおすすめしたい! 花火の概念が変わるかも?





翌日は、これまた日本三大峡谷と称される「清津峡」にふらり。エメラルドグリーンの渓流に足を浸して、ほっと一息つきました。

いつも若作りに余念がない高橋ですが、花鳥風月に心揺れるようになったことで、なんだかんだオッサンになってきているんだと実感。今回は弾丸ツアーだったけれど、今度はゆっくり行きたいもんです。

 (teamまめ 高橋健太)



2018年11月14日水曜日

食べ物だけじゃないんだぜ! 福岡の水族館が本当にすごかった話




みなさま、こんにちは。こんばんは。まめの髙橋でございます。



いきなり私ごとで恐縮なんですが、ここ最近海洋生物にハマっておりまして。もともと食事も肉より魚派で、たこ焼き屋もやっていたわけで、きっと海の生物たちとは何かのご縁があるのだろうと。勝手に思っていたんですね。

そんなわけで先日、ちょいと福岡に行く用事があったもので、以前から行きたくてしょうがなかった「マリンワールド うみのなかみち」に行ってきたのです。もうね、福岡で色んなもの食べたけれど、そのあたりは割愛して水族館の話だけしますよ!



マリンワールドは、博多駅からJR鹿児島本線→JR香椎線を乗り継いで1時間ほど。志賀島の手前の「海ノ中道」駅から歩いて5分のところにあります。



その名の通り、「海の中道」という「砂州」の上にある水族館なんですね。「砂州」というのは、流水の影響で堆積した地形のことで、「天橋立」なんかが有名。周りは「国営海の中道海浜公園」が隣接、水族館以外はなにもなし! ヤシの木なんかも生えていて南国テイスト満載です。広々として気持ちいいっす。




私、建築物フェチでもありまして、ずっと前からこの水族館の造作が気になって仕方がありませんでした。見てくださいよ、この左右対称でギンギラギンにさりげないフォルム。真ん中が開いてサンダーバードとか飛び出して来そうではないですか。広大な土地にこの建物以外ないっちゅうのもオタク心をくすぐるポイントのひとつ。いや、たまらんっす。本当に。



館内1階と2階を貫くかたちで広がるパノラマ水槽は、実に80種以上の魚が回遊していて、100匹以上のサメやエイを見られます。上から差し込む光に照らされて、まるで絵画のよう。さらに、イワシは2万匹以上いるそうで、イワシの餌やりも「イワシタイフーン」という名前がつけられているんですよ。



どんなもんかと見てみると、これまた圧巻! 縦横無尽に水槽を泳ぎ回るイワシの群は煌びやかで芸術的です。



さらに、ショープールではアシカとイルカのショーが行われます。ここ、なにが面白いって、イルカショーに一匹クジラが混ざっているんです。流水系の身体でしなやかに泳ぎ飛び跳ねるイルカたちに対して、どこか鈍く、怠慢な動きをする「コビレゴンドウ」の「ユキちゃん」。ショーでは必ずオチ担当の、おいしい役どころを与えられています。嫌いじゃないな、そういうの。



しかし、最後は見事な大ジャンプでフィニッシュ! コビレゴンドウっていうのは体の大きさや生体的な特徴はイルカに近いのに、昔からの慣習でなぜかクジラとして扱われてるんですって。なるほど、それならこんなに飛べるのも納得。結局、このショーで名前を覚えるくらい印象が強かったのは、このユキちゃん。いい役どころだなあ、うらやましい。



髙橋が個人的にスキなのはクラゲのコーナー。クラゲは、それほどカメラの腕がなくてもキレイに撮れるんですよね。なんてありがたい方々。高橋のお気に入りはカブトクラゲ。このLEDっぽい光がかっこいいっすね。でも、これって体の側面にある細かいヒレが反射してるだけで発光はしてないんですと。よーく見てみると、すごく必死に動かしているのがわかります。なんだか涙ぐましい。また、彼らは毒は持っていないので触っても大丈夫……なのですが、少しでも刺激を受けると崩れて死んでしまうという儚い生物。なんでカブトって名前なんだろう。不思議だ……。



また、この時は「秋の特別展示 アニマルオールスターズ」を開催していました。陸、海、空の「スゴイやつら」をチームに分けて展示してるっちゅうざっくりしたコンセプトの企画。「チーム毒」「チーム擬態」「とにかくスゴい四天王」「甲殻類ファイブ」と、チーム名も雑なネーミングばかりで、どこか緩い。



とはいえ、展示は珍しい生物ばかりで高橋大興奮。中でも、海のボクサーと言われている「モンハナシャコ」が本当にかっこいい。こいつのパンチは、海洋生物の中で最速(そもそもパンチをするやつが少ない)で、その加速は二十二口径の拳銃に匹敵するそう。具志堅用高もびっくりだ。
さらに、色とりどりの目は、10万もの色を識別できるほか、電磁波までも視覚できるそうです。



日が暮れる頃には閉館時間。帰りは博多港までの連絡船で帰ります。振り返れば、夕やけをバックに美しいマリンワールド。いやー、満足度高かった!












2018年9月5日水曜日

圧倒的な迫力の石切り場! ふらりと鋸山を登った時の話


みなさん、こんにちは。こんばんは。まめの髙橋でございます。

突然ですが、自分の出身県のこと、どれくらいご存知ですか?

私、生まれも育ちも千葉県松戸市なのですが、江戸川を渡ってしまえばそこは東京都。

実は、松戸や柏に住んでいる人の多くは都心への移動が多く、千葉県の中心部やその先の外房、内房あたりまでは、用がないと行かないものなのです。

例に漏れず、高橋もそのひとり。千葉県のことを実はそれほど知らず、ふと、「それはいかがなものだろう?」と、気持ち悪くなってしまい、えいやと突発的にでかけてみたわけです。





今回出かけたのは「鋸山」。千葉県の南部にある標高329.4mの小さな山です。

とりいそぎ、こちらの写真をごらんください。ドン!



山頂近くの崖部分。通称「地獄のぞき」と呼ばれているスポットです。

鋸山は、山を形成している岩の性質が建築物などの資材に適していて、江戸時代には石材の産地として重宝されたそう。盛んに採石が行われた結果、見事にまっ平らな岸壁となり、遠くから見ると鋸の歯の様に見えるようになったと言われています。


のぞいてみるとこんな感じです。石切り場だったところが見えます。

地獄のぞきは、石切りの職人が洒落を効かせて、敢えて今の形に残しておいたなんて説もあるんですよー。

さらに、次の写真もごらんください。ドン!



さきほどのぞいた場所に降り立ちました。

見事に切り立った岸壁の形状、蔦や苔の緑が木漏れ日に映えて、えもいわれぬ美しさ。たまらん。当時の石工さんに感謝の気持ちがこみ上げます。

グッジョブ! そしてありがとう!

ちなみに、鋸山は通称で、本当の名前は「乾坤山(けんこんざん)」。東京湾に面しており、海を見渡す眺望は素晴らしく、展望台は「地球が丸く見える展望台」と呼ばれることもあるそうです。



この日は地球が丸くとはいかなかったんですけどね。空気が澄んだ冬の方がきれいだと見た! また、寒くなったころに来てみようと思います。



このあたりはトンビがピーヒョロ飛んでいます。リアルに持ち物をかすめ盗られることもあるようなので、気を付けて!


さらに、鋸山のもう一つの見どころと言えば「日本寺大仏」。有名な奈良の大仏の約1.5倍、鎌倉大仏の約2倍の大きさを持つ大仏さまです。

もともとは、奈良時代に大野甚五郎英令(おおのじんごろうひでのり)が弟子27名とともに岩を削って建立したもの。度重なる風化によって半壊状態になっていたものを、昭和44年に復元され、現在の姿に。原型よりも3mほど小さくなったのだとか。

さて、その姿はというと……





まさかの原っぱに鎮座! 柵や囲いはありません。

子供が登ってキャッキャと遊んでいる姿も。なんとも親しみやすい大仏さまですね。



同じく大野甚五郎英令作の「千五百羅漢像」も道沿いに。みんな微笑んでいて可愛らしい。



下山後は、名物(?)「房総サイダーびわ味」をぷしゅっ。汗だくの体に染みわたります。果汁0%だけど。

山登りとしては初級者向けですが、見どころが多く、日帰り旅にはもってこい。山好き、歴史好きの人には鋸山、おすすめですよ!







帰りに通りかかった木更津港の夕焼けと、市原の工業地帯の夜景をパシャリ。三脚忘れた割には頑張った! ような気がします。 ではでは!

(teamまめ 高橋健太)