2012年6月19日火曜日

コリアタウン探訪〜横浜橋商店街〜


なにしろ韓国が好きだ。
できることなら毎日韓国料理を食べて、行きたい時に韓国へ行きたい。
けどそれには、時間もお金も、お金もお金がない。
それでも韓国っぽいものに触れたいから、
この韓国欲を満たしてくれる場所、もの、味を求めてずんずん行くことに決めた。


初回は何のひねりもないがコリアタウンへ。
だけど激混みの新大久保へは足が向かないし、赤坂も東上野もメジャーだなぁ。
そう思ってパソコンを叩いてみたら、出ました「横浜橋商店街」。
初めて聞く名前にディープさを期待しつつ、いそいそと向かう。

JR関内駅から歩くこと15分。
じんわり汗をかいた頃にようやく見えてきた。



















130を超える店舗は大半が食料品店と飲食店といい、週末とあってけっこうな人出。
かなりの率ですれ違う人から中国語が聞こえたが、韓国語は一度も聞けないまま、
商店街で唯一の韓国料理店「南山亭」に到着。

そう……「唯一」というのは、出かける前から気にはなっていた。
けど商店街の誰かの口から「そう、ここコリアタウンだよ」という言葉を聞ければいい。いいんだ。
12時前の店内は、韓国人客2組と、ビールからマッコリへと移行している常連らしき日本人のおじさん、そして私。


注文したキムチチゲ1000円は、グツグツ沸き立ち地獄のよう。キムチの酸味と辛みがやさしめで、厚切りの豚バラ、白菜キムチ、豆腐がたっぷり入っていた。










もちろんおかずも供され、この日は白菜キムチ、小松菜のナムル、ニンニクの芽と干しエビの和え物、サツマイモとカボチャの甘辛い煮物の4品。






 周りの韓国人はといえば、4人中3人が「チュオタン(ドジョウ汁)」を食べていた。
韓国ではサムゲタンやウナギと肩を並べて、栄養食、精力増進で知られるドジョウ汁。
確かにこの日は暑かったけれど……なぜ?
周りのドジョウに気を取られ、自分のキムチチゲが全然進んでいない私を心配してか、
店のお母さんが「辛い?」と話しかけてくれた。
よしチャンス! ドジョウも気になるが、まずはあの疑問だ。
私「ここがコリアタウンって聞いて来たんですけど……」
お母さん「ここはコリアタウンではないネ」
私「(かなり焦って)う、あ、でも、キムチ屋も韓国食品店もけっこうありますよね。
やっぱり、韓国の人が多く住んでるんですか?(住んでるんでしょ! でしょ!)」
お母さん「ううん、そんなには多くナイ。(コリアタウン)じゃないヨ」

がーーーーーん。

お母さん、いいんだよ謙遜しなくて。
「ウチ1軒だけだけど、コリアタウンだと思ってやってる」とかなんとか言っちゃっていいのに!
「商店街の誰かがコリアタウンと言えば、もうそこはコリアタウン」
自分で定めたゆるゆるなルールが、一瞬で崩れた。

でもでも、韓国料理店は1軒だけでも、そこのお母さんはコリアタウンじゃないって断言しても、キムチを筆頭に韓国の食料品を扱う店が多いのは事実。
お腹は満たされたから、次は買い物欲を満たそうと商店街をぶらりしてみた。




メインストリートではなく、細い路地にある「南山家キムチ」では白菜キムチ500円を購入。
ここでもお姉さんに「ここ、コリアタウンなんでしょ!」と半ば強引に聞いてみるが玉砕。


「キムチの店 京城物産」では、セロリとキュウリとホウレン草のナムル350円を買う。ここのお父さん、明るく元気な方でいろいろ教えてくれた。
韓国人が日本にやって来てお金を稼ぎたいと思った時に、「自分には何ができる?」と考えたら、それが「キムチを漬けること」だった、とか。昔は韓国人相手だったけど、今は日本人が韓国料理を普通に食べるようになった。だから商店街に複数の同業者がいても商売が成り立つ、とか。
愉快なお父さんが生む商品は、トマトのキムチ、梅のキムチ、野沢菜のキムチなどなど、個性派ぞろい。




「福美高麗人参産業」のお母さんは、「ウチは22年前からやってて、ここで一番古いネ」。これが自慢のようだった。
ひとり暮らしにちょうどいい少量のナムル300円があったので、購入する。




少々不完全な想いは、その日の夕飯で解消。
白菜キムチとナムルでビビンバに。














韓国っぽくしたかった、というより、腹ぺことめんどくささでボウルによそった。
肉も目玉焼きすらない素ビビンバ。






食べにくいので、キムチもナムルもジョキジョキとハサミで切り刻み、










コチュジャンを入れてワッシワシかき混ぜたらできあがり。



んーおいしくないわけがない。




コリアタウンと呼ぶには……な商店街だったが、
考えてみれば「コリアタウン」と謳っているわけじゃないから当然。
よくある商店街にしては、1軒でもうまい韓国料理屋さんがあって、
何軒もハシゴできるキムチ屋さんがあり、韓国度は高め。
いいなぁ、ご近所さんがうらやましい。

ごちそうさまでした!

次は三河島か川崎か。いやいや、まさかのメッカ??
(teamまめ/阿部真奈美)

2012年6月12日火曜日

戌の日参りとやらに行ってみた


つわりもなく、これといった実感がないまま、

あれよあれよという間にマタニティライフ6カ月目に突入。

このまま何事もなく人生の一大イベントが終わってしまうのもなんだか味気ないので、

「ひとつくらい記念に妊婦らしいことを」と、戌の日参りとやらに(1人で)行ってみた。



と言いつつ、ほんのちょっと前まで戌の日参りの存在なんぞ全然知らなかったんだけど。

日本には、12日に1度訪れる「戌の日」に安産祈願のお参りをする風習があるんだそうで。

たくさんの子どもを産んで、お産の軽い犬は安産の守り神なんだそうな。



そういえば、その昔、初めての出産で不安がるお母さんに、お気楽なばあちゃんが

「大丈夫、大丈夫。犬だって産めるんだから。だって、あんたは犬より賢いでしょ?」

と、分けの分からない理由をつけて励ましたと言っていたらしいけど。

犬が安産だなんて、へぇ~、知らなかったよ。



せっかく行くなら、思いっきりイベント感があるところがいいなぁ。

というわけで、お参り先は妊婦のメッカ・水天宮に決定~!



いやはや、水天宮前駅利用客のマタニティマーク装着率の高いことといったら。

さすが戌の日! さすが水天宮! 









マタニティグッズのカタログやオムツのサンプルを配布する業者の列が地上で待ち構える。

(ちょっとビビったけど、お祭りだと思ってもらいました笑)




それにしても平日だというのに、夫婦で来ている人が多くてびっくり!

きっとこういう人が、流行りのイクメンとやらになるんだろうなぁ……。

(我が家ではきっと考えられない……遠い目)






戌の日は激混みとウワサの水天宮。

さて、どんなもんかと階段を上ってみると……。

予想に違わぬ結構な混雑ぶり。








せっかくなので、安産祈願をしてもらうことに。

まずは受付で、所定の用紙に名前とざっくりとした住所を記入。







安産祈願は3000円。

オプションで、安産のお守り2000円、腹帯とお守りのセット4000円が付けられる。

なんだかテンションが上がってきて、
安産祈願+腹帯・お守りセット=計7000をお支払い。




腹帯とお守りはその場でもらえました!









受付が終わると、今度は書記と呼ばれる巫女さん?の元へ。

祈祷時に読み上げる妊婦の名前を、その場で紙にしたためてくれます。

失敗しちゃったらどうするんだろう、とじろじろ見るも、まぁ当然ながらそんなヘマをする人は誰一人おらず。



名札をゲットしたら今度は待機所のテントへ。

混雑する戌の日は、妊婦しか本殿に上がれないそう。
ということは、ここに座っているのは全員妊婦!

日本はこれでも少子化なのかぁ、としみじみ。

 

60人ほど集まったところで本殿へ。

祈祷が済んだ妊婦さんたちと入れ替わりで昇殿。

この前にも6070名ほどの妊婦さんがいたようで、続々と反対の出口から退出していくのが見えた。







いよいよお祈りがスタート。

なんだか難しい言葉をしゃべっているが、

妊婦の健康と赤ちゃんの健康をお祈りしてくれているようだ。

が、外の拝殿で参拝客がかき鳴らす鈴の音で緊張感がプツリ。


70名が4000円の祈祷を受けるとして1回28万。

それを15回繰り返して単純計算で1日420!? 

どひゃー!!

などと、不謹慎にも本日の水天宮の売り上げ計算……。

いかんいかん、無事に産まれてこなかったらどうする!


心を入れ替えてお祈りに復帰。

最後、妊婦約60名の名前が一気に読み上げられて祈祷は無事終了。

家族と一緒にお参りができる、無料の参拝の列はもっとすごいことに……。










大混雑だったけど、受付から祈祷までかかった時間は30分程度。

平日だったせいか、私の一大イベントはびっくりするぐらいさっくりと終わったのでした……。


帰り際、お決まりの人形焼を購入。

もったいなくて使えないでいたエシレバターをたっぷり付けてかぶりつきました★

美味、美味。

ごちそうさまでした。



(teamまめ/松井さおり)

2012年5月29日火曜日

スタンドバー潮:「基地の街」立川を知る

オジさんの話ってなんだか素直に聞けない時がある。
決めつけがちに言われると、自分の中のひねくれ心がうずいてしまうからだ。

その点、おじいさんはいい。
ましてや客あしらいのプロ、バーテンダーであれば尊敬の念すら抱いてしまう。
穏やかな口調、ゆっくりした動き、押しつけがましくない空気感。
何歳からなんて明確な定義があるわけじゃないけど、余裕が漂うもの。
“おじいさんバーテンダー”。
それはもう自分にとっては格好の興味と憩いの対象なのである。


本日向かったのはJR立川駅。一日平均乗車人数は15万人以上、いまや多摩区随一のマンモスタウンである。周辺には競輪場に場外馬券売り場があり、ギャンブルの街なんて呼ばれることもある。






でも「スタンドバー潮」に行けば、昭和20年の頃から約30年の間、ここがまぎれもなく基地の街だったことを伺い知ることができる。






飲食店が入るビルの階段を地下へと降りる。店の名を灯す看板の蛍光灯は古めかしくチラつき、防火扉のごときドアの重々しさに勇気を試されるだろう。




マスター・白根宗一さんは昭和2年生まれ、御年85歳になる現役のバーテンダーだ。立川飛行場を接収してできた米軍立川基地の将校クラブで働いたのちに、外国人専門のバーを開店した。今でも米兵が付けたニックネーム、「ジミー」の名でとおっている。







最盛期には150軒以上もあったという外人バーだが、残っているのはこちらだけ。
「昔の立川のことならジミーに聞けって大学にも言われるらしくって、ここんとこ学生さんがよく来るんだよ」。
無理はない。ジミーさんはいわば生き証人。
当時のことなど知らなくたって、ジミーさんの巧みな話術で、米兵たちが派手にお金を使い、街に横文字が溢れていたころの活気を思い浮かべることができる。




「長崎や横浜には船で外国文化が伝わってきたけど、立川には飛行機でアメリカの文化が一気に入ってきた。戦後の復興は立川から始まったといえるんじゃないかな」。
なるほどと頷ける話が次々に飛び出す。



さて、カクテルをお願いしましょう。
今日は3杯飲むこと、3杯目はマティーニを飲みたいことを伝えて
あとはジミーさんのチョイスにお任せに。
でてきたのは……  


 




フレッシュレモンジュースとジンをシェイクした、トム・コリンズ。 










ウィスキーをベースにレモンジュース、炭酸、
少々のガムシロでほのかな甘みをつけた、ウィスキーサワー。



「この間はお客さんに『こんなにバーテンダーとしゃべったのは初めて。しかも一回目の来店で』
なんて言われてね。他のバーテンダーはそうしゃべらないんだってね。
でもお客様は中がどうなってるのか、いくら取られるのか、どんな酒が出てくるのかもわからずに扉を開けてくださるんだから、まずはその緊張をほどかなくっちゃ」。

じーーーーーん。











そして3杯目はボンベイサファイアを使ったマティーニ。
とってもやわかな味がします。

いや、数々のクラシックカクテル、
味とかなんとか超越してますからっっっ!




今日、ここに来れてよかったなぁ~って、心から思う。
おじいさんバーテンダーにしか出せない味がある。
 

teamまめ/沼 由美子)
※店内の写真は許可を得て撮らせていただきました。




 

<スタンドバー潮>
立川市曙町2-13 
042-525-6869 
19~24時、日休
カクテルは1杯1000円がめやす。



2012年5月22日火曜日

むかし教科書で見た「登呂遺跡」ってなに?

大人になると、むかし学校で習った単語に再び出くわすことがあります。
特に、テレビ番組のなかや、街角の案内板に多い。
「たしか、教科書にのってたなぁ。これってなんだっけ?」
「これ」がわかれば、話をもっと具体的に楽しめるのに。そんなことが多々あります。

ちゃんと勉強しておけばよかった、と今更ながら思います。
子どもの頃は、なんとなく勉強「させられている」感覚でした。もしかしたら大人になった今のほうが、より前向きに、教科書の内容をおもしろがれるのかも?



というわけで、今回の旅の目的地は静岡県の登呂遺跡。日本史の教科書にものっている、弥生時代の集落・水田跡です。
同時代の遺跡としては、佐賀県の吉野ケ里遺跡のほうが有名ですが、むかしの私は「ガリ」より「トロ」という響きがお気に入りだったな、なんて。そんなどうでもいいことをいちばん強く覚えています。とほほ。

昭和の教科書では、「縄文時代は狩猟採取」「弥生時代は稲作」と線引きされていましたが、研究が進み、現在ではそれにも諸説あるようです。
登呂遺跡は弥生後期のもの。水田の畔は先を尖らせた板を両側に打ち込むことで補強され、排水用水路が確保されていました。


1952年、国はこの登呂遺跡を特別史跡に指定。
当時の建物、水田を復元し、歴史公園として開放しました。

これは竪穴住居地面を堀りくぼめた竪穴に柱を立て、屋根を支える構造です。土や萱で屋根を葺いた建物で、縄文~弥生時代に盛んに造られました。

竪穴住居には高床倉庫が隣接しています。こちらは縄文時代にはなかった建物で、弥生人は、このなかで稲やとうもろこし、小麦などを貯蓄しました。床が高くなっているのは、ネズミなどの害を防ぎ、風通しをよくするためです。

高床倉庫の支柱、足の付け根のようなところに、ネズミ返しなるものが取り付けられています。万が一、ネズミが上ってきても、ここで跳ね返されるというわけです。

「竪穴住居」
「高床倉庫」
「ネズミ返し」
どれも教科書では太字になっていて、かつてテストのために丸暗記した単語です。
今一度、この実感とともに、覚え直し。


弥生人はマイギリ式火起こし器で火を起こしたといいます。
この日、公園にはたくさんの小学生が集まり、指導員のもと火起こし体験をしていました。
(私も参加したかった!)


それにしても、復元とはいえ、実際の場所で目の当りにすると、遥か昔のことがほんの少し近しく感じられるようになります。ロマン!
夢中になって見学していたら、あっという間に時間が過ぎてしまいました。


なんだか小腹がすいたわ。となれば、登呂遺跡のすぐ脇にあるやまだいち 登呂もちの家』に立ち寄りましょう。静岡名物、つきたて、ふっくらの安倍川もちを食べながらホッとひといき。そうやって弥生時代に想いを馳せるなんて、最高です。

看板には、マイギリ式火起こし器のイラストが描き込まれています。かわいい!


ちなみに、登呂遺跡には博物館が併設されているほか、日本が世界に誇る図案家、染色家の芹沢銈介を記念した美術館や、芹沢が暮らした家がたっています。



まるっと一日楽しめる登呂遺跡。大人になった今だからこそ、子どものときとはまた違う角度から見えてくるものがあるのです!
今更、なんて言わずに。ぜひ今一度。

teamまめ/信藤舞子)