少し前の話だが、友人と車で出かけた帰り道、渋滞にはまった日があった。
黄昏時の空の色は胸を打つものがあったが、目の前でちかちか瞬くテールランプがうっとおしく、知らず深いため息がこぼれ出る。
そこそこ付き合いが長い僕たちは、互いに話題がなければ数時間会話がなくなることもザラだった。
この時もそうだ。今さら沈黙の時間が流れても、居心地が悪いということはない。
そんなとき、オーディオからスピッツの「ロビンソン」が流れ、友人はぽつりと「あ、これ」とつぶやいた。
そして、「この曲の歌詞、ちょっと怖いって知ってる?」と、続ける。
「白線流しのイメージしかない」と、僕は答えた。
この曲を初めて聴いたのは小学生の頃だ。若かりし日の長瀬智也が出演していたドラマで流れていたことは覚えているが、歌詞の意味なんて考えたこともなかった。
友人が言うには、一見するとこの歌詞は、主人公が別れた恋人を思い出しているものに思える。
しかし、捉えようによっては、死別した恋人の後を追おうとする主人公の心情を描いているようにも感じられるらしい。
なるほど、よくよく聴いてみると、確かにそうともとれる。
「すごいね」とつぶやくと、友人は「ふふん」と得意げな顔をしていた。
「君が発見したわけではないだろうに」と、いう言葉はぐっと飲み込む。
依然として、道路はぎゅうぎゅう詰めだ。
遅々として車は進んでいない。
そんなわけだから、退屈しのぎにちょうどいいと、僕たちは「スピッツの歌詞考察ゲーム」を始めることにした。
そして、すぐに驚愕することとなる。
歌詞を深読みすると、死を連想する表現が非常に多いのだ。しかも、一曲や二曲ではない。
「おい、この曲でも死んでるぞ」
「あ、やっぱり死んじゃった」
何曲も考察を続けている中で、いつしか僕たちの頭の中には「スピッツの歌詞では誰かしら死ぬ」という、なんとも不謹慎なイメージがまとわりつくようになった。
もちろん、勝手な思い込みだ。本当の意味は歌詞を書いた本人のみぞ知る。
考察を進めていくにつれ、沈みゆく気持ちに耐え切れなくなった僕の願いは、「意地でも死なないスピッツを探すんだ」と意固地になっている友人にあえなく却下された。
渋滞はまだ続いている。
歌詞考察による「死のスパイラル」も、まだ続くのか。
二重の責め苦を受けているような気分になったが、辛い時間は想像していたほど長くは続かなかった。
思いのほか早く、「死なないスピッツ」を見つけられたからだ。
曲は「チェリー」。
数回リピートしたのち、物語が見えてきた僕は、
「謎は全て解けた。これは主人公も彼女も生きている歌詞だ」
と、友人に告げた。
この歌も「彼女が死んだ話」と思っていた友人は、僕の主張に興味を示す。
「ほうほう、健太一少年の推理を聞かせてくれたまえ」
「おう、じっちゃんの名にかけて」
歌詞冒頭の「君を忘れない」の時点で、彼女はすでにここにはいないことがわかっている。
「曲がりくねった道を行く」は、人生を自分の意思で歩けない状況を暗示。
そして、「産まれたての太陽」で、いきなりのブレイクを表現し、「夢を渡る黄色い砂」が、流れるように入ってくるお金を指しているのだろう。
「二度と戻れない くすぐり合って転げた日」は、そのまんま。
何もなくても楽しかった過去を回想し、
「きっと想像した以上に騒がしい未来が僕を待ってる」と、いうのが、脚光を浴び、今までと比較にならないほど華やかな世界で暮らすことになるという予感。
このあと入るサビは、回想だ。
「『愛してる』の響きだけで 強くなれる気がしたよ」で、献身的に支える彼女の姿が見てとれ、
「ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて」は、二人で過ごす時間を何よりも大切に思っていたことを回帰しているように思えた。
二番以降は長くなるので、今回は割愛するが、この曲は草野マサムネ本人の体験をもとにしているのではないだろうか。
つまり、主人公はバンドマン。彼女は、売れない時代に支えてくれていたが、主人公が不器用に突き放し、今はそばにいない。
そして、今になってその存在の大きさを思い返し、少し胸が痛くなっている。
そういう物語なのではないだろうか。
僕の考察をすべて聞いた友人は、
「やるじゃん、物書きの意地を見せたね」
と、なぜか上から目線で褒めてきた。
「よかったよ、死人が出なくて」
と、割と本心で、そう思っていた。
そもそも、歌詞が死を暗示しているというのは僕たちの勝手な思い込みなので失礼な話だ。考察だって、合っているかどうかなんて疑わしい。
だが、自分なりの答えを導き出したことで、僕は妙な充足感を覚えていたことも事実だ。
僕の切なる願いは、今度こそ受け入れられた。
どうやら、「死なないスピッツ」を見つけることができて、満足してくれたらしい。
……が、「次は『ウルフルズにネガティブな曲ひとつもない説』を立証しよう」
と、新たなゲームを提案してきた。
「いったい、何曲聴くつもりなんだ」
僕は、ため息まじりに答える。
徐々に道が空き、車の列が流れ始めた。
ウルフルズの曲をすべて検証するには、きっと時間が足りない。
(teamまめ 高橋健太)
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